「もっとよく考えろよ〜」
「なんで自ら考えられないの?」
そんな侮辱的かつ屈辱的な言葉を受け取ったにも関わらず、
「でも、『もっと自ら考える』って具体的にはどうすれば良いんだろう?」
そんな健気で素直な疑問を抱いたあなた!
「あなたはもう、考えている!」
どういうことか?そもそも、考えるって実際どういう作業を言うのだろうか?考える力を伸ばすには?
私が実践してきた内容も含めて実用的なアイデアとして、全て、この記事で解説していきます!
1.そもそも「自ら考える」とは(IQAサイクルの提唱)
辞書的には、「頭を働かせること、思いをめぐらせること、工夫すること」を「自分から」することと出てくるようですね。しかしこれを知ったところで何の役にも立たないと思いませんか?
「考えろ!」と言われようが、「頭を働かせろ!」「思いを巡らせろ!」「工夫しろ!」と言われようが、具体性に欠けることに変わりはありません。スポ根マンガで、主人公が気合の入れ方を知らないのに「もっと気合いれろ!」と言われているのと同じ状況ですよね。
では、「自ら考える」とは具体的にどのような作業のことでしょうか?
早速結論から言うと、こう定義できると考えています。
「自ら考える」とは、次の1〜3を繰り返すことである。
- 「!」(好奇心を抱く/違和感を覚える/気づきを得る)
- 「Q」(問いを立てる)
- 「A」(答えを出す)
おわかりの方も多いかもしれませんが、「Q」はQuestion, 「A」はAnswerの頭文字をとったものです。
「!」を”I”に見立てて、この式を「IQA(アイ・キュー・エー)サイクル」と名付けたいと思います。
IQAサイクル:
自ら考える = ( ! → Q → A )× 繰り返し
こう定義することで、「自ら考える」ことの具体的な作業が明確になります。「頭を働かせる」を「自分からする」ってどういうのことなのか、その答えを示そうとしています。
順番に解説していきたいのですが、説明の都合上、3番から降順で考えていきたいと思います。
Step3. 「A」(答えを出す)
いきなりですが、ゴールから考えていきましょう。
「考えて、◯◯する」
この◯◯に当てはまる言葉にはどんなものがあるでしょうか?
- 考えて、行動する
- 考えて、実行する
- 考えて、試す
- 考えて、書く
- 考えて、回答する
他にも色々なフレーズが思いつくかもしれません。
では、これらの共通点はなんでしょうか?
これも答えは複数あるかもしれませんが、「何かしらのアウトプットをしていること」というのはひとつの答えになりそうですね?
そうです。考えた結果、考えた先にあることは、「アウトプットを出す」ことです。
では、どこまでが「考える」ことでしょうか?
考えた結果、アウトプットができるわけですから、「アウトプットをするために必要なこと」がその答えになりそうです。
それが「答えを出すこと」です。(これが私の答えです)
まだ実際に口に出したり、紙に書いたりして答えてはいない状態です。頭の中で言語化し、答えを思い浮かべるところまでが「考える」ことです。答えがないと人は動けません。その答えは絶対的な正解でなくて構いません。仮でも良いのです。仮説で十分です。それすらなくて迷っていたら、一歩も動けません。答えが出て初めて動くことができる、すなわちアウトプットを出すことができるのです。
Step2. 「Q」(問いを立てる)
でも、いきなり「答えを出してください」と言われて、答えが出るものでしょうか?
例えば、「それでは環境問題について考えてみましょう。どうぞ!・・・さあ、答えを教えてください」と言われたとしたら、「はあ?」となる人がほとんどでしょう。無茶振りにもほどがある。考えてみましょう→答えは?の流れはあまりにも不自然ですし、答えようがありません。
つまり、答えは否。
では、答えを出すために必要なものは?
先程の無茶振りに、答えられる人も中にはいるでしょう。そんな人は、意識的にか無意識的にかに関わらず、これを補完しているはずです。それはなんでしょうか。
それが「問い」です。
「答え」は「問い」の対になるものです。「問い」なしに「答え」はあり得ません。要求や命令、指示に対してだって答えを出すと言えるではないか、という声も聞こえてきそうですが、それだって、「その要求や命令、指示に従うか?」または「さあどうする?」という問いを無意識に立てているのです。
考えるのが得意だよ!という人も、意識的に「問いを立てている」という自覚のある人は少ないのではないでしょうか。わたしたちが「考える」ことをしている途中では、必ず「問いを立てる」という作業をしていることに気づくことができることでしょう。
しかも、問いの立て方によっては、かなり答えがしばられてしまいます。例えば、「今の総理大臣は?」という問いに対する答えはひとつしかありません。しかも、みんな知っています。この問いを立てて、答えを出して、果たしてそれは考えたと言えるのでしょうか?つまり、問いを立てて、答えを出す、これだけでは、考えたことにならないという可能性がある、何か重大なものが欠けている、そんなことに気づくことになります。では、あと何が足りないのでしょうか?すなわち、
問いを立てて答えを出す、それ以外に、考えるために必要な要素は一体何でしょうか?
その「問い」に、次項で答えていきたいと思います。
少なくとも、「答えを出すこと」に大きな影響を与える「問いを立てる」作業を軽視しては、「よく考える」ことにならないでしょう。それほど、「問いを立てる」作業は重要だと考えています。(この「問いを立てる」ことの重要性についても、後ほど詳しく解説しています。)
Step1. 「!」(好奇心を抱く/違和感を覚える/気づきを得る)
さて、考えるとは、最終的に「答えを出す」ことであり、「答えを出す」ためには「問いを立てる」必要がある、というところまで解説してまいりました。
では、いきなり「問いを立ててください」と言われて、問いを立てられますか?
例えば先程の例でいくと、「環境問題について、問いを立ててください」と言われて、問いを立てられるでしょうか。まあ、立てられるか否かで言ったら、立てられるかもしれません。
- 化石燃料に頼らず生きていくことは可能か?
- 増え続けるゴミに対処するには?
- 海洋汚染はどこまで進んでいるのか?
など、立てるだけならいくらでも思いつくのではないでしょうか。
しかし、環境問題に関する問いは壮大なことも多く、答えるのも容易ではありません。すると、「そもそもなぜその問いに答える必要があるのか?」「その問いに答えたらどんな良いことがあるのか?」「答えないとダメ?」
と答えを出す前に諦めてしまったり、「現時点では不明」とか「全人類が意識的に取り組む必要がある」とか「少なくとも全国の水揚げ量は減っている」みたいな適当な答えで済ませることになりがちです。そんな、形式的な「問い」と「答え」が、一体どんな価値を生むでしょうか?
つまり、問いには意図が必要なのです。
意図のない問いは相手にされませんし、生みの親でさえ途中で放棄したくなりますし、答えが出ても何も価値がありません。
「なぜその問いを立てたの?」
が常に問われるわけです。
では、その意図はどこから生まれるのでしょうか?
それが、日常的に感じる「!」、例えば
- 好奇心 → 知りたいという強い願い
- 違和感 → 解決したいという強い要望
- 気づき → 創造したいという強い欲求
です。面白そうだもっと知りたいという好奇心、なんか変だな?という違和感、新しい発想や考え方に触れたときの言葉にできない気づき、こういった「ワクワク」や「モヤモヤ」を言語化し問いにしていくことで、思考がスタートするのです。この、
「ワクワク」や「モヤモヤ」を無視せずにそれを問いとして言語化する作業
これこそが「自ら考える」ことの始まり=思考のスタートと言ってよいのではないでしょうか。ここを指摘している記事や本は今のところお目にかかっていませんが、非常に重要な点だと思います。問いが与えられたところ、あるいは、既に課題があり、問いを立てるところからを「考える」としている意見が多い印象です。もちろん、それだって考えていることにはなるのですが、何かとっつきにくいと感じるのは、心の問題を置き去りにしているからではないかと思っています。
ちなみに、その好奇心や違和感、気づきは何からくるのでしょうか??
それが、その物事に対する強い関心、あるいは、当事者意識です。例えば環境問題に関心がなければ、そもそも好奇心も違和感も気づきも生じ得ません。だってどうでもいいわけですから。すると、無理やり立てた問いには意図もなく、答えもテキトーになり兼ねません。そんな問いを立てて答えを出したところで、それは考えたフリしているだけで実質的に考えていることにはならないと思いませんか。何より、関心がないのにそんな脳に汗かく作業をするのは苦痛でしかありません。
「もっとよく考えたら?」という批判の内実は、
- 「もっと興味を持ったら?」
- 「もっと自分事に想えないの?」
- 「もっと本気で向き合ったら?」
と言われているのに等しいのです。
小学校の先生が、よく「身の回りのことに疑問を持ちましょう」と言うのは、暗に関心を持ちましょうと言っているのです。しかし、疑問を持てと言われて持てるものではありません。自分事として感じてもらったり、「不思議だなあ」と感じてもらうような体験やストーリーがなくては、実際に関心を持ち、ひいては疑問に思うことはできません。その体験やストーリーを用意するのが非常に大変で手間もかかるし必ずうまくいくともわからないので、そこをすっ飛ばしてしまうのです。そこが抜けているために「疑問を持てと言われても・・・」となるのですが、「疑問を持つこと」自体が非常に重要であることに変わりはありません。
ただ、関心を抱くこと自体は、「自ら考える」をスタートするベースに過ぎないので、「考える」の作業の中には含まないこととします。そこから好奇心や違和感、気づきなど、「!」と感じたら、「自ら考える」のスタートです!!
1~3を繰り返す
それでは、上記のプロセスにしたがって、「自ら考えて」みましょう。
実際にやってみると、すぐに気づくはずです。「考える」という作業が、単純に上記のステップ1, 2, 3だけで終わるということはまずない、ということに。
一応答えを出すものの、その答えに対し、さらに疑問が湧いてきたりしませんか?
あるいは、違和感に対して複数の問いが立てられたり、ひとつの問いに対する答えを出すために、複数の問いに答える必要があったり、しませんか?
そうなんです。上記1~3のプロセスは、思考の典型パターンを切り取った(要素を抽出した)に過ぎず、実際の思考では、複数の問が同時に進んだり、「答えを出す」過程で問が入れ子構造になったり、出した答えから「!」に戻ったり、繰り返すことになるのが普通です。
逆に、複雑な思考過程も、紐解いていくとこの基本パターンの組み合わせになっていることがわかると思います。そして、既にお気づきの方も多いかと思いますが、実はこの記事も、皆さんが感じるであろう「!」を問にして(斜線+下線で強調しています)その答えを提示し、また「!」を感じていただく、という構成になっているのです!
2.「もっとよく」考えるとは?(良い思考の条件)
さて、「自ら考える」というのが具体的にはどういった作業をしているのか、見て参りました。
定義を再掲したいと思います。
「自ら考える」とは、次の1〜3を繰り返すことである。
- 「!」(好奇心を抱く/違和感を覚える/気づきを得る)
- 「Q」(問いを立てる)
- 「A」(答えを出す)
その中で、「もっとよく考えたら?」という批判の内実についても触れました。
ただ、「強い関心を抱く」というのはマインドの側面が強く、それはそれで大事なのですが、即効性はありません。思考はスキルであり訓練で鍛えられるものである以上、スキル面で「もっとよく考える」、つまり良い思考の条件というのを見ていくことも大切です。(マインドとスキルの話については割愛)
ただ、思考の作業を具体化してあるので、良い思考の条件も単純です。
良い思考の条件1:!/Q/Aの質が高いこと
それぞれの作業の質が高ければ、それだけ高いアウトプットに繋がります。特に、答えの質が高いほうが思考の質が高い、ということについては、直感的に当たり前と感じる人が多いのではないでしょうか。
したがって、ここでは特に「!」や「Q」の質の高さに着目していきたいと思います。
まず、「!」の質について。「よく考えろ」と言われてしまう人は、ここの質が圧倒的に低い、あるいはない可能性が高いです。そもそも違和感や気づきがなければ、思考に入れないわけですから。人が注目しない事柄に好奇心を抱く人、より斬新な切り口で違和感を覚える人、より細かいことに気づく人が、より良い思考ができると言われたら、納得感がありませんか? 次の章では、そうなるコツも紹介しています。
「Q」の質も重要です。そもそも、問いがきちんと言語化すらされていないことが多々あります。ヒーローインタビューのように、問いになっていないオープン過ぎる質問に慣れている人は、特に、問いを立てる意図と、問いを言語化することから始める必要があります。逆に言うと、きちんと言語化することができれば、もう半分以上「自ら考えた」と言えます。
さらに、問いの立て方によって、答えが変わってきます。例えば、「どうして彼女ができないのか?」と問うと、できない理由ばかり考えることになります。「彼女ができたとしたら、何が起こったのか?」という問い方をすれば、彼女ができるためのポジティブな理由が見つかるでしょう。言語化さえしていれば、そこから、そのように工夫していくことができるのです。
良い思考の条件2:!/Q/A/繰り返しの量が多いこと
質だけでなく、量も大切です。特に、「繰り返し」の量が多ければ多いほど、「よく考えている」と言えそうだというのは一般的な感覚としてあることでしょう。質がキープできれば、量を増やせば増やすほど、問いや答えが洗練されていきますので、思考停止せずに3stepを繰り返していくことで、どんどん良い答えになっていきます。各Stepに関しても、気づきや違和感は多ければ多いほど良い問いに繋がりますし、問いが多い方が(大きな問いは細分化されていたほうが)答えも出しやすく、答えも多い方が次の「!」に繋がりやすいのです。
一点、質の低い問いを繰り返してしまうことだけは避ける必要があります。
例えば、同じ疑問をグルグルと考え始めたり、最終的にはやってみなくてはわからない問いを一生懸命考えたり、これをしたら他人からどう思われるか?と考えたり、といったことは避けるべきです。そういった「洗練されない問い」や「情報が足りていない問い」、人の気持ちなど「原理的にわかり得ない問い」をいくら言語化したところで、質の高い答えには辿りつきません。そういった生産性のない、思考と似て非なる行為を、「悩む」と言うのだと考えています。これは、いくら量を多くしても、深い思考にはなりませんので、お気をつけください。これは師匠の受け売りですが、「『心ですることを脳でする』と書いて『悩む』になる」のです。考えても仕方のないことは、心に従いましょう。心も凍りついているのであれば、とりあえず体を動かして行動して感じてみましょう。
<コラム>「問いを立てる力」の重要性
意識的に「問いを立てる」ことは重要です。
これは、他のサイトや書籍でも触れられていることで、さして新しい発想ではないのですが、改めて指摘する価値があると私は考えています。「答えを出す」ための訓練は、実は学校教育でさんざんされてきていますが、「問いを立てる」訓練は、公的な教育機関で行われるものではありません。みんな、他の場所や自力で身につけてきたものです。したがって、「答えを出す力」以上に個人差が開いてしまうところであり、逆に意識して訓練すれば伸びる力でもあります。
また、お気づきかもしれませんが、ひとつの問いに対する答えを出す過程で、何度も「問いを立てる」必要があります。「問いを立てる」力を伸ばすことで、「答えを出す」力も強化されるのです。
そして先に述べたとおり、思考の罠も「問いを立てる」ステップに多いです。考える価値の低い問いを立ててその答えを探し回っても、徒労に終わるでしょう。出した答えにどのくらいの価値があるか、既に半分は「問い」で決まっているのです。
したがって、問いの立て方ひとつで、思考の質はグッと改善すると考えていますし、そのことを認識し普段意識するだけでも、それまでとは大きく変わることでしょう。
3.「自ら考える力」を磨く具体的な方法
「自ら考える」とは何をしているのかはわかった、良い思考の条件もわかった、
では、実際に「もっとよく考える」にはどうしたら良いのか、具体的にはどうすればよいのか?
そんな問いに答えていきたいと思います。
たったひとつ、意識するとしたら、
とにかく意識的に「問い」を立てろ!
ということです。意識的に問いを立てるようになれば、自然と「質の高い問い」を「大量に」立てるようになりますし、それによって得られる「問いを立てる力」の重要性は、先に述べたとおりです。
また、「問いを立てる力」を伸ばすことで、「答えを出す力」も向上しますし、「問いを立てる力」を伸ばすためには、「!」と感じる力を伸ばさなくてはなりません。ひとつ「意識的に問いを立てること」を普段意識するだけで、「自ら考える力」が総合的に伸びていくのです。
そもそも、たったひとつ「考える力」を伸ばすために、日常生活でいくつもの事柄を意識し続けることは非常に困難です。ただでさえ、日常生活は色々気にしないといけないことや気を散らしてくるもので溢れているのに、それに加えて意図して意識することを増やそうとしても、徒労に終わるでしょう。まずはたったひとつ、「意識的に問いを立てる(言語化する)」ことを意識してみてください。慣れてきたら、習慣化し、無意識にできるようになるはずですので、その後にプラスアルファに挑戦すれば良いと思います。
では、それぞれの力を伸ばす具体的な方法を見ていきましょう。
Step1. 「!」(好奇心を抱く/違和感を覚える/気づきを得る)力を磨く
とにかくタイミングは、「!」と感じたときです。「?」と思ったときです。好奇心、違和感、気づきを得たときです。なんか嫌だな〜とか、そんな感覚でも構いません。
それを言語化する、そこから思考がスタートします。最初は問でなくても構いません。
- 面白そう
- なんか変
- 嫌だなあ
そう感じた瞬間に、より具体的に、
- これ、◯◯なところが面白そう!
- この仕事をこの人がやるのって、なんか変。
- あの人がこれをしているのを見て、嫌だと思った。
というように言語化していきます。
Step1で大切なことは、次のふたつです。
- 感情を無視しない
- 具体的に言語化する
忙しさにかまけていると、そういった心の揺れを、雑念として意識的にか無意識的にかに関わらず取り除いていこうとしてしまいます。もちろん、何かひとつのことに全力フルコミットしている時に、それに関係ないことなら仕方ありません。プロ野球選手が試合でバッターボックスに入った時に、観客の変な髪型を見て「あの髪型は流行っているのだろうか?」そんな違和感を抱く必要はありません。目の前のことに集中してください。しかし、そうでない場合、日々感じたことを見て見ぬフリをしていたら、思考は始まりません。要するに、
- 好奇心に蓋をしない
- 違和感を無視しない
- 気づきを放置しない
ことです!
また、せっかくその感じたことと向き合っても、ただただ「うわあ面白そう!」とか「変だなあ変だと思うんだよなあ」という気持ちを感じるだけでは、思考がスタートしないことが多いです。(逆に、美しいものを見たり、爽やかな気持ちになったりしてそれを心で味わいたいときは、その気持ちに集中し、ただ感じ、言葉を使わない方が良い。心で感じる=言語化せずに感覚に集中、頭で考える=言語化して問に答える、という使い分けが大事だと思います。)慣れるまでは、意識的に言語化しましょう。言語化してみると、新しい「!」に出会えたり、逆に大したことではなかったことに気づいたりします。(後者の場合は、どうして大したことではなかったのに「!」を感じたのか分析してみると個人的には面白いです笑)
そういったモヤモヤをまずは言語化し、それを考えている場合でないならメモしておく、そういった習慣が、「!」を磨くことになり、感性を高めると考えています。
Step2. 「Q」(問いを立てる)力を磨く
「!」を言語化できたら、次は「?」を言語化しましょう。それが「問いを立てる」ことになります。
元々「!」と感じて、つまり心が動いて始まった思考ですので、問いを立てる意欲は十分と思います。その際のポイントは以下のとおりです。
- 「問い」または「穴埋め」の形で、必ず言語化する
- 意図を明確にする
最初は、「問い」を言語化することこそが重要です。大きなテーマであれば、紙やアプリに書いておくとよいでしょう。ただ悶々と悩みに突入してしまうケースは、問いが言語化できていないことが原因であることが多いです。特に複雑で難解な問題であればあるほど、言語化することで「問題の切り分け」が出来ます。その結果良い問いを立てられれば、8割問題が解決する場合もあります。「うーん」となったら、問いを明確にする、これは必ずする価値があります。トラブルシューティングとしては「電源は入っていますか?」レベルで重要です。(だってそれだけで解決する場合もあるんですから。)
言語化が習慣になってきたら、答えたくなる工夫も大切です。Yes or Noを問うクローズドクエスチョンでも、5W1Hを問うようなオープンドクエスチョンでも構いません。始めはどれを問うているのか意識するだけでも問いが洗練されていくと思います。ただ、答えが迷走し始めたら、穴埋め形式がオススメです。「コレコレが云々するのは◯◯することが目的」の◯◯に入る答えを出そう、といった具合です。人は少しだけ不完全な文を見ると埋めて完成したくなる性質があります。ジグソーパズルの最後のピースをはめる瞬間が一番気持ち良いのと似た感覚です。
また、問いの意図が明確なら、なお良しです。「この問いの答えが出ると◯◯」この◯◯に該当するメリットやその先のことがイメージできていれば、その問いは良い問いだと言えるでしょう。なぜなら、その問いに答えを出すことで、価値(ベネフィット)が生まれることを高い確率で期待できるからです。
なお、今回「自ら考える」をテーマに問うことの重要性を説いていますから、立てた問いに答えを出すのも当然自分だという前提で話を進めています。しかし、学生の頃から問いは人から与えられることの方が多かったと思いますし、逆に、自分の立てた問いを、人に投げかけて、人に答えを出してもらうケースだってあるわけです。それはどんなケースでしょうか?
自分が先生や講師など教育者の立場で、生徒や受講生に問題を出すケースもあるかもしれませんが、むしろ、「自分のわからないことをよく知っている人に質問するケース」が多いのではないでしょうか?
つまり、「問いを立てる力」を磨くことで、「質問する力」も同時に磨かれます。自分に問う場合と他人に問う場合で気をつけるポイントに違いがあることは確かですが、それでも根本的なところは同じです。そもそも言語化できていなければ他人に質問はできませんし、何が目的なのか、その問いの意図は何なのか?はっきりしていないと価値ある答えが得にくい点も共通しています。なんなら、人に質問する際は意図がないのはNGです。「1台目の掃除機」の情報も必要です。
逆に、チャンスがあれば、質問することで「問いを立てる」訓練を積むことができます。もちろん、質問する際は相手やその場で聞いている方々の大切な時間をいただいているという意識を忘れてはいけませんが、むしろそのようなプレッシャーがある方が「良い質問をしよう」というモチベーションが湧いてきます。そんな環境を利用しない手はありません。勉強会や講演会など、最後に質問タイムがあるケースがほとんどでしょう。私も、出来るだけ1つは質問を用意して、実際に質問するよう、心がけています。そのためには、興味関心が大前提で、違和感を言語化しておく必要がありますから、そのつもりで受けると受講する姿勢も変わってきます。また、私はエンジニアなので、プログラミングの過程で自力で解決できない場合も出てきます。その際は、質問をするつもりで、先輩や知人に尋ねるための質問文を作成するのです。すると、何回かに一回は、質問文を作成する途中で、そう言えばこの視点では調べてなかったな、とか、先輩なら「これは試してみたか?」って言われるかも、とか、質問を送る前にヒントを得て、解決につながるケースがあります。これはまさに、問いを言語化したことによって問題の8割が解決したケースです。もちろん、それで自力で解決できなければ、最終的に人に頼ることになるわけですから、作成した質問文は無駄になりません。
このように、機会あるごとに問いを立てていく訓練を積むこと、それを続けていけば、確実に「問いを立てる力」は磨かれていきます。
Step3. 「A」(答えを出す)力を磨く
「答えを出す力」を磨く方法については、多くの書籍やサイトで「思考法」として紹介され、数々のテクニックや訓練手法があります。
- ロジカルシンキング
- MECE(漏れなくダブりなく)
- 帰納法と演繹法とアブダクション
- ロジックツリー
- ピラミッド構造
- Why × 5
- ラテラルシンキング(水平思考)
- ゼロベース思考
・・・などなど。したがって、それぞれをここでわざわざ紹介する必要はないかと思います。各種フレームワークを学び、訓練を重ねることで「答えを出す力」を磨くことは可能です。(容易ではないかもしれませんが。)
とは言っても、この記事では「意識的に問いを立てろ!」というところにフォーカスしてきましたので、せっかく意識的に立てた問いを無駄にしないポイントを2つ述べたいと思います。
- その「答え」は「問いに対する答え」になっているか?
- 答えは出した。それで?
まず、答えになっているか、すなわち、「問いと答えが対応しているか?」は重要です。これは答えの「質」どうこう以前の問題です。「今晩の主食にしたいのでパンをください」と言って出てきたものが本当にパンかどうか、という次元の話です。それがクッキーだったり、フライパンだったりしませんか?という確認です。急に冗談を言っているのかと思われるかもしれませんが、このようなことは日常の会話でもよくあることです。このことについて具体例を挙げて非常にわかりやすく解説しているサイトがあるので参照してください。
whyを問うているのに事実のみで答えたり、howを問うているのに単語だけで答えたり、事実を聞いているのに意見や解釈で答えたりした場合、その出した答えは「問いに対する答え」になっていない可能性があります。そこは、必ず十分条件(=「問いに対する答え」になっているか?)をチェックしましょう。「問いに対する答え」になっていなければ、あなたがいくら良い「問い」を立てても、台無しになってしまう可能性が高いからです。これは「答えを出す力を磨くための土台」になる最重要前提条件ですので、当たり前のことではありますが、あえて紙面を割きました。
さらに、答えが出て、それで満足していたらもったいないです。それでは、いわゆる「ちょっと考えただけ」になってしまいます。考えただけで何もしない、これは何もしないことと同じです。
前述したとおり、考えた先には、アウトプットがあることが前提です。その答えを出して、行動に結びつきますか?明日からのあなたの生活、いやなんならその瞬間からのあなたの人生に変化を与えましたか?それがないなら、非常に残念ながら「考えた意味がなかった」ことになります。しかし、価値ある答えを出しておいて、それがその後の行動に影響を与えないなんて、それこそあり得ません。それは、意識していないだけであるケースがほとんどだと推測しています。つまり、意識的に最後の問いを立てることで、答えをアウトプットに繋げていきましょう。最後の問いとは何か? もったいぶる意図はないのですが、ただでさえ長い文がさらに長くなってしまうので、この記事の最後の章で解説しています。
また、これも前述した内容で恐縮ですが、IQAサイクルを繰り返すことで思考が深まります。その出した答えに対して、さらに疑問が湧いてきませんか?すぐにアウトプットに結びつかなくても、さらなる好奇心、違和感、気づきを得たなら、その答えには十分価値があったと言えるでしょう。そうしたら、再び、Step1の「!」に戻って思考を続けることができるのです。
答えを出した後に上記のような習慣を身に着けていけば、自然と次に繋がる答えを出すようになります。そのために、特定の「思考法」を勉強する気にもなるかもしれません。そうしていけば、「答えを出す力」は自然と磨かれることになります。
<コラム>問いを立てるテクニック「問いの十字キー」
ここまで、自ら考える力を磨く具体的な方法を紹介してきました。質をキープするポイントに気をつけながら、訓練しよう!習慣にしていこう!というなんとも当たり前というか、お手軽感のない具体策だったので、もしかしたらがっかりされた方もいらっしゃるかもしれません。
「意識的に問いを立てろと言われても、いきなりは難しいよ。何かすぐに実践できそうなテクニック的なものはないの?」
そんな「!」(=不満)を抱き、そんな「Q」=問いを立てている方がいらっしゃっても不思議ではありません。
私も、「質問があるか?と聞かれたらNoはありえない。何でも良いから質問しろ。ただ中身のない質問だけはするな。」のような当時無茶振りと思えた指導を受けた経験もあり、質の高い質問を捻出する方法を考えてきました。また、自己分析をする過程で、問いが立てられなくなりモヤモヤすることもありました。
そこで、思考を深めるのに有効な質問は、少なくとも5種類に分類できることに気が付きました。それをテレビゲームの十字キーに見立てたものが、「問いの十字キー」です。
- 「↑」抽象化(or 簡素化)
- 要するに?
- 一言で言うと?
- 小学生に伝えるとしたら?
- (普遍的な原理や習性を問う)なぜ?
- 「↓」具体化(or 再定義・数値化)
- 例えば?
- 具体的には?
- その定義は?
- それってどういうこと?
- 要素に分けると?(因数分解)
- 「←」原因(or 過去)
- Why so?
- そもそも?
- 経緯は?
- (原因を問う)なぜ?
- 「→」結果(or 未来)
- So what? それで?
- その後にどんなことが起きる?
- それをするとどんな良いこと(or 悪いこと)がある?(メリット・デメリット)
- (目的や意図を問う)なぜ?
- 「・」確認
- 本当に?
- 根拠は?
- 何を以てそう言える?
この5種類のうち、どれかは「!?」を感じるはずです。それを元に、あるいは、それをそのまま「問い」にすることができるというメソッドです。
さらに問うことに詰まったら、次の手順を踏みます。
- まずは今までの問いは5種類のうちどの方向に進んでいたのか確認します。
- そして、左右に進んでいたなら上下、上下に進んでいたなら左右に切り替えることで、視点がずれ、新しい「問い」の道が開けていきます。
- 上下も左右も効かなくなってきたら、真ん中の「確認」のボタンを押します。たまに確認すると、新たな気づきがあります。
上記手順を踏み、何も疑問がわいてこないことはまずないと思います(よほど興味のないことや、あまりに単純明快な内容でない限り、ですが)。
この5種類の問いの種類を駆使していけば必ず最後の問いに辿りつける様を、かの有名なスーパーマリオブラザーズのゲームで、壁にぶつかったら上にジャンプしたり下に潜り込んだり、時にはバックしたりすることで最終的にゴールにたどり着く様に見立て、十字キーにあしらってみました。
ところで、上記5種類の中に、「なぜ?」が3回出てきていることにお気づきでしょうか?そうです、なぜ?と問う理由(why?)には、3種類あるのです!
- (原因を問う)なぜ?
- (目的や意図を問う)なぜ?
- (普遍的な原理や習性を問う)なぜ?
の3種類です。これは、例を挙げるとわかりやすいかと思います。例えば、「なぜ、りんごが木から落ちたのか?」という問いに対する答えは、大枠で下記の通り分かれます。
- 「木を揺らしたからです」(←原因を回答している)
- 「食べるためです」(←目的を回答している)
- 「重力が働いているのです」(←普遍的な原理を回答している)
「なぜ?」を問い続ける、という思考法を試して、堂々巡りになったり、詰まったりした経験はありませんか? それもこの「問いの十字キー」で説明できます。注目すべきは、原因と目的を問う「なぜ?」です。この両者は、十字キーで言うところの左と右ですので、一見、同じ「なぜ?」という問いでも、答えによっては左に行ったり右に行ったりするわけです。例えば、目的を答えた後に、原因を問うてしまうと、「なぜ?って言われても、そのためにしたんだから・・・」みたいな思考に陥ってしまいます。また、「なぜ?って言われても、それはこういうもんなんだよ・・・」と詰まってしまう場合は、ぜひ普遍的な原理や習性を問う上向きの「なぜ?」を問うてみてください。3種類を知らずに「なぜ?」と問うのと、意識して問うのでは天地の差があるはずです。
ですから、答えを絞りたい、限定したい場合は、単に「なぜ?」と聞くのではなく、原因は?目的は?どんな原理が働いている?などと、具体的に聞く方が吉です。反対に、回答者に自由に答えてほしいとき、回答者がどれを重視しているのか知りたいときは、あえて「なぜですか?」のようにさらっとオープンに聞きましょう。これが問いを工夫していく、ということです。
また、答えの語尾にも差があるところにも注目してください。理由を聞かれたら「〜から。」と答えるべきと国語の授業で習ったかもしれませんし、どの回答にも「〜から。」で答えることは可能なのですが、それに限らないということがわかるかと思います。原因を答えるときは「〜から。」になりやすく、目的を答えるときは「〜のため。」になりやすく、原理を答えるときは肯定文になりやすいです。例外や省略のパターンもたくさんあるので、もちろん一概には言えないのですが、そういう傾向があることは知っておくと役に立ちます。
4.最後の問「では、次に何する?」
本記事では、「自ら考える」を3ステップに分解して考える「IQAサイクル(IQA思考法)」を提唱しました。さらにそこから思考を深める手段として、「意識的に問いを立てる」ことの重要性を述べてきました。
さらに、「答えを出した先にあるのはアウトプット」だという話を出していました。アウトプットのない思考から、価値は生まれません。それが「答えを書く」「話す」といった簡単なことでも構いません。とにかく行動しないことには何も生まれないのです。
したがって、IQAサイクルの最後に問うべきはこの問いです。
では、次に何する?
この記事を読んで、
「とにかく問いを言葉にしてみよう!」
「立てた問いを見直してみよう!」
「問いの十字キーを使って積極的に質問してみよう!」
そんな風に考えて行動してくださる方がひとりでもいましたら幸いです。
最後まで読んでくださってありがとうございました!
画像提供:YANETH LOTEROによるPixabayからの画像
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